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伊那谷の神林さんの牛舎はこの夏の終るころあわただしく工場にかわった。
近所の農婦たちの労力をたのみ、弱電の工場をつくったのだ。いわばメー
カーの下請けの、そのまた下請といったところ。小さなコンデンサー
が次々と生み出されてゆく。しかし稲刈りのときなど農繁期には定員七名
を確保するのは大変だ。工場主の神林さんが部品を持って下請を探して歩
く。
神林さんのところに下請けの製品が時間通りに届けられた。約束の
時までにオートバイに載せて町の親工場に持ってゆく。厳しい抜き取り検査
が済んでホット胸をなでおろす。
町の工場の社長は中央の大手メーカーと結んでこの会社もぐんぐんとのび
て来たのだが人手不足と大手のコストダウンのあおりで内情は火の車だと
いう。
神林さん夫妻は今では深夜の仕事にもすっかりなれた。一週間単位で一万
個、一本五円程の手間賃ではもうけも少い。しかし数頭の牛が機材に化け
た今、会社の注文をとれないのが一番こわい。
弱電メーカーの下請けの系列の末端で今夜も残業。せめて雨が降れば明日
は人が集まるのだが―。
(作品No.NAJ1003-04)
(昭和39年9月30日公開)
秋田県八郎潟の干拓工事の完工を祝う近郷近在の人びとは長い列をつくっ
ていた。
しかし八郎潟の西側に位置している琴浜村の男たちは今目の前に展がるめざ
ましい姿をみることは出来ない。ある一家の主人は四年この方出かせぎに
出たまま音信不通で、老婆だけがひっそりと暮している。
湖で生計をたてていた漁師は、どうやら保障金が入るのはあと六年も経っ
てからだろうと嘆いていた。
現金収入を求める男たちの出かせぎの場はほとんどが東京だ。戸部さんも
その一人だ。同じ村の男たちが一日の仕事を終えて憩うとき、話題は郷里
の事につきる。稲刈りのこと獲り入れのこと。一方在郷の女たちも肉親
におもいをはせる。
ある朝戸部さんに郷里の妻から便りが届き、神経痛で刈り入れが出来ないと
訴えて来た。
急ぎ村へ帰った戸部さんを娘や大きくなった孫が元気にむかえてくれた。
秋の強い陽ざしの中で戸部さんは早速稲を刈る。「出かせぎ村」にたった
一人で帰ってみて刈鎌を手にする自分の背後に村の女たちの視線を感じな
がら、農業近代化のひずみを戸部さんは感じている。
(作品No.NAJ1002-04)
(昭和39年9月23日公開)
九月十五日オリンピック選手村が開かれ、代々木の本村では村長の小松さ
んが紹介された。九十七ヶ国からおよそ八千人のお客さまを迎えるという
選手村は日本のレスリングチーム、フランスチームなど次々と入村して次
第ににぎやかになって来た。
ローマ大会での村長さんファーブルさんもやって来て激励してくれた。
小松さんは村長室でひっきりなしの電話を受け、山のような書類に片っぱ
しから目をとおす。
この村で誕生日をむかえた選手にはプレゼントをそつなく贈り、また八王
子の分村にも出掛け、施設を丹念にしらべ、警備員を激励したり、
寸暇もない忙しさです。
大変なお仕事ですが、オリンピック村の村長さんここしばらくは大いに
はりきっていただきます。
(作品No.NAJ1002-01)
(昭和39年9月23日公開)
若者たちのいなくなった千葉県布良の浜は、こじんまりとした漁港のたた
ずまいを見せている。
若者たちは都会へ、そして残された老人たちは海へ出る。
今日も四十人の老人たちは船団を組んで漁にのり出す。
老人たちの平均年令は七十四才。潮やけした赤銅色の肌は長年の海の生活
を物語っている。
夜明けの海に掛け声も勇しく網がひかれる。
最近はすっかり水あげも少なくなったが、しかし海にとりつかれた老人た
ちは、せいいっぱいの力を出して海の獲物をあげる。
ひと仕事すんで船のうえで食べる朝めしのうまさは格別。食事がすむと又
ひと仕事。こうして老人たちは死ぬまで海で働き続ける。
今日は老人の日。陸にあがった老人たちは飲んで歌って年を忘れる……。
若者たちが捨てた海に老人たちはその一生をかけて生きてゆくのだ。
(作品No.NAJ1001-03)
(昭和39年9月16日公開)