189 posts tagged “8月”
青い目やブロンドもまじった八カ国三十三人の国際奉仕団の若者たちが福
島県にやって来た。
この奉仕団の団員たちはアメリカ、東南アジアなどを対象に年に一ヵ所を
選んで勤労奉仕をしている。
今年は石筵開拓地の農道改修をすることになった。幅二メートル、延長一キロメートルの農
道を三・四メートルにひろげ小型トラックも通れるようにしようというもの、木
を切り、草をはらい、石を掘り出す。道具はスコップとツルハシだけ。し
かしその手慣れた“土工ぶり”には開拓者たちも目をみはっていた。
十九人の女子学生もまじえて朝八時から夕方五時まで炎天下の激しい作業
がつづけられる。一日の労働を終えて彼らは思い思いの時間を過す。そし
て楽しい夕食。夜はキャンプファイヤーを囲んで交歓の一時をおくる。こ
うして十五日間、みんなで力を合せ汗を流した道路が完成した。
お別れパーティにはそれぞれのお国自慢を披露、開拓地の人々とつきぬ名
残りを惜しむ。そして彼等は美しい友情の足跡を残して去って行く。
(作品No.NAJ0997-04)
(昭和39年8月19日公開)
「原爆ドーム」を画題にとらえる幼い子たち。広島の悲劇はいつまでも語
り継がれてゆくことだろう。
まためぐって来た八月六日。
松本さんは今年六十一才。原爆症で夫を失い、一人息子は十九年前
の原爆の日、行方を絶ったのだ。
大会の雑踏の中で捧げる平和への祈り。それは松本さんにとって今日も生
きていることのあかしに他ならない。
あの子が生きていれば今二十四才。
あのピカドンの中で消えてしまった子どもの行方を案ずるのは間違ったこ
とだろうかと毎年同じことを考えて来た。
広島はノーモア・ヒロシマから観光広島へ姿を変えて行く。しかし公園の
ベンチには子を失った同じ思いの親たちの姿がある。
夜ふけて針に糸を通す眼がかすみ、松本さんの一日は終る。
それは広島にならどこにでもある母親の話だ。
(作品No.NAJ0996-04)
(昭和39年8月12日公開)
粋なスポーツカーとショートパンツが巾をきかす軽井沢。ここではゴーカ
ードのあと押しもボート場の整理もゴルフコースのキャディもすべては涼
しい高原でのアルバイトとあって学生たちには大もてです。
ところが学校に無断でアルバイトをするのはけしからんと校長先生がやっ
て来て受入側と直談判。
地元では何を今更、ハイソサヤテイの軽井沢でのアルバイトに――とはい
ってみたものの学校側の要請も容れてもぐりアルバイト学生の調査を始め
ました。
もぐりの学生は帰ってもらおうということになって、あるホテルではやと
ったばかりの女子学生がやり玉にあがりました。
すっかりあてがはずれた学生たちは軽いお給金袋にがっかり、足どり重く
軽井沢から去っていきました。
(作品No.NAJ0996-03)
(昭和39年8月12日公開)