180 posts tagged “7月”
むせ返える暑さのさ中、たたみ表の産地岡山県倉敷は今いぐさ刈りの真盛りだ。
三宅さん一家と季節労務者の一日は朝四時に始まる。夜露にぬれたいぐさは朝の太陽にきらきらと輝やく。
手なれた鎌のあつかい、出来の悪いのを除く、いがらそぎのあざやかなお手なみ。そして刈りとったいぐさは永く青味を保たせるため、明石からとり寄せた泥に漬けられる。親の代から続けられて来た仕事だ。
見渡す限りひろがるいぐさ。その干されたいぐさを半日干してはまた返えす。
朝四時から夜八時までおよそ十六時間ものはげしい労働に、食事は一日五回もとらねば体がもたない。コップ酒はお茶代りだ。
近頃では一日三千円を払ってもなかなか人は集まらないと三宅さんはいう。
いぐきを刈りとったあとを焼き払い、そのあとに稲を植える。
いぐさ刈りが終らないうちは夏が来たような気がしないと三宅さんはいう。
(作品No.NAJ0994-04)
(昭和39年7月29日公開)
大東京の夏の年中行事は水不足。これが完成すれば水の心配は全くないと大こ判を押された巨大な水瓶、小河内ダムもすっかり底をみせ、湖底に沈んだ村も昔の姿をみせるありさまです。
先が思いやられると、東京都ではガッチリとバルブをしめて三十五パーセントの水の節約を都民に訴えます。
おふろやさんは全くお手上げ、とうふやさん、そぼやさんもこれではとても商売出来ませんとかんかん照りのお日さまをうらんでいます。
病院でも先生方の手を洗う水さえままにならない程です。洗濯や料理を預かる主婦たちも何とかして欲しいとうっぷんのほこ先を河野建設大臣にむけました。利恨川系の水を引く工事現場にのり込んだ河野さんは早くやれいと鶴の一声。おかげで八月二十五日には完成することになりました。
しかし肝腎の雨は当分のぞみうすとの予報。
街には火災警報が流れ、都民はやるせない表情です。
(作品No.NAJ0994-01)
(昭和39年7月29日公開)
政治家なら誰しも一度は座ってみたい大臣のイス。しかしこのイスなかなか簡単には座れない。
党役員も決まり組閣工作がスタートすると大臣候補者の名前が新聞に並ぶ。
派閥の強力な実力者を背景に自信満々の森清さん。どんな大臣でもこなせる準備は充分に出来ているという。
今度こそはと期待をかける中村幸八さん。それにしても頼みとする大親分が亡くなったのが一寸不安である。
大臣ならどんな大臣でもいいという荒船清十郎さん。秘書と早手まわしに官邸入りの打合せ。
新聞辞令の久野忠治さんも落ちつかない。しかしとうとう官邸からの呼び出しはなかった。今度もまただめだった。
いろいろと派閥の事情もあったことだろう。こうして幾多の悲喜劇を生んで池田改造内閣はスタートした。
(作品No.NAJ0993-04)
(昭和39年7月22日公開)
七月十四日夜、東京品川の宝組勝島倉庫に野積みされていたドラムカン入りの硝化綿が大音響とともに爆発。更に倉庫内のラッカー、オイルなどをつぎつぎと誘発、一面は火の海と化し、巨大な火柱が百メートルの上空に吹きあげ、黒煙が夜空をおおいました。
東京消防庁は化学消防車二十台をはじめとする百八十六台の消防車を出動させ、消火にあたりましたが二回目の大爆発で消防職員十九名が殉職東京消防庁開設以来最大の犠牲者となりました。
魔の一夜があけた現場は焼けただれたドラム缶が無数に散乱、爆発のすさまじさを物語っています。
狭い場所に充満している危険物。そして危険物に対する感覚のマヒ。こうした現状を無くさない限り化学災害の根絶は保証されないのです。
(作品No.NAJ0993-01)
(昭和39年7月22日公開)