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六月十六日の昼さがり瞬時に襲ったマグニチュード七・七という強震は、
新潟、秋田、山形方面に大きな被害をひきおこした。
関東大震災の規模に殆んど同じというこの大地震は厚い沖積層におおわれ
た軟弱な地盤をゆさぶり新潟市内をメチャメチャに破壊した。
新潟港の海面がみるみる盛上り、信濃川の水があふれ、地下水がふきあげ
て市内は泥海と化した。
道路という道路はアスファルトが裂け、無気味な大キレツが地底をのぞか
せる。線路はアメのように曲りそして浮上る。機関車が深く土の中
にメリ込んで脱線。
橋が折れて川の中に無残な姿をさらす。大きな鉄筋アパートが横倒しとな
って土の中にハマリこむ。ビルが傾く、木造家屋は押しつぶされる、電気
ガス、水道が止まり住民たちは恐怖に逃げまどう。
工場地帯の石油タンクが次々に爆発、油煙が太陽を覆い、夜空
をこがして燃えさかる。さながら原子雲を思わせる黒煙は数千米の空一面
にひろがって行く。
大爆撃に破壊された戦災都市のようなすさまじい光景をみせたはかり知れ
ない大自然の猛威である。
政府はいち早く防災会議を開き非常災害対策本部を設け、各大臣が現
地を視察した。
自衛隊が各地から投入された。
昭和石油のタンクは業火のように燃え続け化学消火剤による懸命の消火作
業もむなしく自然鎮火を待つ他に手のほどこしようがなかった。十七日午
後には火は住宅地に飛火し住民たちはわずかぱかりの荷を背負って避難し
た。
不自由だった水も漸く届いた。食糧も次々と配ばられ人々の顔に生気がよ
みがえった。
どうにか開通した列車で家族や親せきの安否を訪ねる人たちがどっとやっ
て来た。リュックサックに見舞の品をつめてトラックを乗りつぎ、小舟を
操って探しまわる、まるで戦後の買出し風景を思わせる。一日中歩きつづ
けて漸く避難所で無事を喜び合う人、しかしこの人たちの顔からは未だ恐怖は
消えていない、死者二十五人、行方不明十一人、
被災世帯二万という大きな犠牲を出した新潟地震。
新しい産業都市が不時の災害に対していかに無力であるかを示した新潟地震の
教訓を忘れてはならない。
(作品No.:NAJ0989-01)
(昭和39年6月24日公開)
飛弾白川郷の山奥にある池元小学校の小鳥山分校に通う小学二年生のマサ
ミ君。五年のスエコちゃん。中学二年のエイコちゃん。三年のタカシ君た
ちは三島先生をやさしいお兄さんのように思っている。
勉強も掃除もひるのご飯も先生といっしょだ。
スエコちゃんは音量を小さくしてラジオを相手に音楽の勉強。
同じ教室でそれぞれ違う課目の学習の時が多い。
理科の実習では先生のタライに水稲を植えてみた。
峠をのぼって行ったところにアンテナがある。テレビをかつぎあげてバッ
テリーを入れてみんなでみる。早くいろんな事を覚えたい。夢は果てしな
くひろがってゆく。
今日はぜんまいやわらびをつみとって先生のリュックをいっぱいにした。
うまい空気はふんだんにあるが、辺地にひとり住むことは大変だ。しかし
三島先生はこの子どもたちが大好きだ。
(作品No.:NAJ0988-04)
(昭和39年6月17日公開)
建築ブームのあおりで砂利の需要はふえる一方です。あんまり砂利を掘り
過ぎて形が変ってしまった相模川。
鉄橋の橋杭の下も心配です。
積載量も取締りもなんのその、砂利トラックは疾走します。
おかげですっかり橋桁が浮んでしまい、これではたまらんと採掘禁止も一
段と強化されました。
この砂利不足に眼をつけて人工砂利をつくり出す企業もあらわれました。
軽くてつぶぞろいの見事な出来栄えに、砂利業者も今のうち何とか手を打
とうと大会を開いて検討しました。ともかく禁止地帯はふえる一方。
河原がだめなら畠の下を掘って砂利をあつめようとある業者は地主さんと
直談判。採掘権を買いあげ、畠の石ころをすっかり除いてあげようという
話に、もうかって笑いの止まらないのは地主さんです。
(作品No.:NAJ0988-01)
(昭和39年6月17日公開)
新潟県大島村の武田さん一家の朝。田植えに忙しいこの頃は主人を残して
武田さん一家は山の田甫に朝早く家を出る。おじいさん、おばあさん、そ
して嫁さん。武田さんの田甫は山の頂上にある段々畑の小さな水田である。
かわらふきの職人の主人は一人食事を済ませて子供を村の保育園にあずけ
て仕事場へ。そのころ武田さん一家は山の田甫にたどりつく。休む間もな
くに田植が始まる。麓から頂上までわずかなすき間も残さず苗が植え
られて行く。忙しい田植えのあとの中食、そのあとのひと時のひる寝。
村では突然火事が起きた。村の消防団が火事場にかけつける。農繁期には
よく火事があるという。武田さんの主人も仕事を放り出して手伝いに出る。
山の田甫ではカンカン照りの中で午後の作業がつづく。手と足が機械のよ
うに動く。
やがて夕暮れ、武田さん一家も家路につく。
御主人も火事場からズブぬれになって帰る。
武田さんの家も農業をつづけて五代目。子供たちが大きくなる頃、誰がこ
の農家をつぐのか、それは武田さんにもわからないという。
(作品No.:NAJ0987-04)
(昭和39年6月10日公開)
第三十一回日本ダービーは府中競馬場に十万の大観衆を集めた。その
どよめきも知らぬかのように二十七頭の若駒は今静かに数分後の発走の時
を待っている。
芸術品といわれるサラブレッド。広大な緑の牧場に母親とともに風を切っ
て走った幼い日はつい昨日のようだ。三才、その美しい姿は黒いかたまり
となって朝もやの競馬場を疾駆する。
毎日、時計との競走だ。疲れた脚を水で冷やしてくれるのは親切な馬丁さ
ん。いつしか人間と動物は深い愛情で結ばれてゆく
という。
今、新しい勝負服に身を包んで晴れの舞台にのぞむ騎手たち。
一生に一度とれるかとれないかのダービーの栄冠を騎手は夢み、調教師は
馬頭観音の前に手を合わす。
やがてスタート、明け四才のサラブレッドは生涯に一度の大レースに死力
をつくす。スタンドを埋めたファンの大歓声のなかで、ウメノチカラを抜
き去ってシンザンが勝利。
喜びに溢れた栗田騎手に先輩、同僚、知人の嬉しい祝福が待っていた。
(作品No.:NAJ0986-04)
(昭和39年6月3日公開)