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大安吉日ともなればどこの結婚式場も超満員となる結婚シーズン。ここに
登場する光明さんは日本でもただ一人といわれる結婚司会業という珍らし
い商売をしている。
式場から式場へ走りまわり新郎新婦の門出を祝う。
仲人がいない花嫁、花婿さんのためには仲人になり、司会者のいない披露
宴ではその雄弁をふるって司会をつとめる。時には仲人と司会者を兼ねる
こともある。お客さんの好みによってはモーニングから紋付に着替
えなければならない。あたふたと衣装室にかけこむ。そして又モーニング
に着替えて落着いた表情で式場へ入る。
花嫁、花婚さんに式の手ほどきから、式場、披露宴の案内まですべて光明
さんがとりもつ。
一日のうちに何回、おめでとうございますというか数え切れない。新郎新
婦の幸福を祝してバンザーイ。つらいけれども楽しい商売だという光明さ
ん。きょうもそしてあしたも高砂やとうたう光明さんである。
女工哀史は昔の物語り、今彼女らは女工さまとあがめられる。5階だての
女子寮はホテルのようだ。エレベーターで昇降、テラスは明るく浴場はま
るで温泉だ。掃除も出来たところで、テレビをどうぞ。電話で
デートのお取りつぎもいたします。
にぎやかなご飯の時。大事な会社の財産に会社の愛情がこもって栄養はた
っぷりだ。
野を越え雪をわけるスカウトが実を結んで、今日もまた新し<企業の戦
士がやって来た。
中卒で1万1500円。今日は月賦の靴屋さんがやって来た。財布のひも
はついゆるむ。
歌って踊って女子寮の夜はふける。
朝。出勤の時刻。昨日と変らぬ仕事場へ急ぐ彼女たち。
一見自由な彼女たちだが『毎日同じ仕事ばかりでいやになってしまう』と
いう声も。
公労協を中心とした4・17ストヘ突入か。赤旗を掲げて意気ごむ国鉄労
組。ストに備えて石田国鉄総裁がのり込んで、乗務員の獲得合戦が始まり
ました。
社会党の成田さんは『まず政府は賃上げの裏付けとなる財源を示せ』と黒
金官房長官にせまりました。
池田首相も公労協幹部らと異例の会談を行うかたわら、ラジオ・テレビを
通じてスト中止を呼びかけました。
公労協幹部は旅館にとまりこみ、太田議長、岩井事務局長を囲んで明け方
まで論議を重ねました。
16日池田首相は太田議長、岩井事務局長と会談。公労委の調停案を尊重
し、賃金を民間なみにひきあげる努力をすることを認めたことで、一応ストは
回避されました。
しかしこのトップ会談による政治解決は今後の政局や労働運動に微妙な影
響を及ぼしそうです。
中共の戦犯として19年間、撫順の収容所に抑留されていた3人の日本人
が最後の戦犯として4月7日羽田に帰って来た。
紺の工人服に工人帽の中共スタイルで元気に故国の土をふみしめる斎藤さ
ん、富永さん、城野さん。
両腕にしっかりと抱きかかえる妻、そして大きく成長したわが子。20数年
ぶりの再会に生きて帰った感激にひたった。
元憲兵訓練所々長の斎藤さんは73才、奥さんは福祉事務所に勤めなが
ら一人で留守宅を守って来た。自分が食べなくとも子供たちだけにはとい
う苦しい日々でもあった。そして今、訪れた再会の喜びにつらかった生活
の影もうすれていく。
68才の富永さんは元華北交通参与。すっかり変った東京の姿に驚きの
目をみはっていた。ものすごい交通ラッシュ。街をゆく女性の姿、そして
氾らんする広告。折から東京で開かれている中共見本市で毛沢東の肖像に
墨汁をかけた少年に戦後の日本を感じたという。
生きて年老いた母に逢えるとは思わなかったという城野さんは、元国民政
府の政治顧問、東京から特急列車で大阪のわが家にたどりついた。庭先に
咲く春の花にこれからの新しい人生に思いをはせる。
生きてさえいれば………というこの言葉が現実となった人々。長かった別
離の生活もここに終止符がうたれたのだ。