41 posts tagged “12月下旬”
十月、世界の選ばれた若者たちをあつめた東京オリンピックは大成功をお
さめた。アベベ、ヘイズ、バラシュ、チャスラフスカ、遠藤等の力技、美
技に日本中はわき返えり、わが三宅、円谷、レスリングチーム、バレーチ
ームの活躍に心を躍らせた。しかしこの大会にインドネシヤ、北朝鮮
は参加せず、国際政治の複雑さを今更のように思わしめた。
韓国では朴政権に反対する学生のデモがくり返えされた。南ベトナムへの
アメリカの介入を批判する声も上った。コンゴの動乱によって反政
府軍の手からかろうじて逃れた人びとは恐怖の表情で本国に帰った。
各国首脳の交替も相次ぎソビエトではフルシチョフ首相が解任され、英国
では十三年ぶりに保守党をくだして労働党のウイルソン氏が首相に就任し
またアメリカではジョンソン大統領が再選された。
義宮さまは津軽華子さんと国民の祝福を受けて結ばれ、常陸宮家を立てら
れた。
国鉄は三千八百億円をつぎ込んで『夢の超特急』を走らせた。しかし事故
が相次ぎ問題が残った。死者二十人を出した大分空港の惨事は春先のこと
だった。
六月十六日の新潟大地震はマグニチュード七・七という震度で新潟、秋田
山形に大きい被害と恐怖を与えた。
雨の降らない夏のマンモス東京は水不足にあえぎ、
物価の値上げが主婦の悩みとなった。
そのころ三選された池田首相はのどを痛めて引退を表明、佐藤新内閣
はまっこうから不況の風を受けて発足することとなった。
来る年に期待をかけて一九六四年は暮れてゆく。
(作品No.NAJ1016-01)
(昭和39年12月27日公開)
鋳物の街川口では、今日もまたキューポラの火が一つ消えた。
すでに今年の三月、社長の死とともに五千万円の負債を負って倒産
したある工場では、奥さんが代って社長になり、社名を改めて再出
発した。
四十人余りの従業員は半分に減ってしまった。社長とは名ばかり、
月給十万円を三万円に下げて、朝八時には事務所へ、そこからすぐ
工場に出て陣頭指揮だ。
苦しい経営に息子の工場長と営業部長と額を集める毎日が続く。
しかし一日にわずか二トン半の溶解では賃金と材料費で消えてしま
う。
その上親工場のきびしい発注に不良品を出せば直ぐ経営にひびくの
だ。頭の痛い運転資金。頼みの綱は銀行筋。だが倒産したという事
実はながく冷くつきまとう。人手不足のこのごろでは従業員へのボ
ーナスも考えなければならない。
どうやら目鼻がついて従業員へもち代と新らしい作業衣を渡すこと
が出来た。
鋳物工場の職人に嫁いでから三十余年、今こうして不況と倒産ムー
ドの冷い現実の中で過そうとは夢にも考えなかったが、こうなったら
何とかしてきりぬけてみると奥さんはいう。
しかしこのキューポラの火がいつまで続くかは誰も保証してくれな
いのだ。
(作品No.NAJ1015-03)
(昭和39年12月23日公開)
日本、ニュージランド親善ラグビーはカンタベリー大学チームを迎えて十
二月二十日大阪花園ラグビー場で同志社大学との対戦で開始された。
同大は前半11対6とリード、試合を有利に展開したが体力にまさるカン
タベリー大は後半ジリジリと盛りかえしタイムアップ3分前、逆転のPG
をあげ15対14の一点差で第一戦に辛勝した。
(作品No.NAJ1015-02)
(昭和39年12月23日公開)
きびしい冬が到来しました。
愛知県守山市近郊では名物、守口大根ひきがはじまりました。1メートル
もあろうかと思われるめずらしい大根がつぎつぎと掘り出されてゆきます。
やがて特産守口漬けとなって、京阪地方にどしどし送られます。
一方岐阜県恵那郡の寒天づくりも今がたけなわです。朝早く零下十度とい
う寒さの中でかたまりはじめた寒天を鮮やかな手さばきで型に入れ
て押し出すと、面白いようにきれいにそろった寒天が出て来ます。
淡い陽の光を受けて、寒天が描き出す絵模様は美濃の里の冬の風物
詩です。
(作品No.NAJ1015-01)
(昭和39年12月23日公開)
女が美しくなるところ。美容院。そこが憲ちゃんの職場である。たくさん
のご婦人に囲まれて、憲ちゃんはここのスターだ。腕がたつ上、スタイル
がとてもいかす。そして非常に親切だ。もてないわけはない。休もうと思
ってもなかなかそうはゆかない。Xマス、お正月とめっきり忙がしくなる。
食事の暇もありゃしない。
憲ちゃんには映画スターのお客が多い。今日はスチール撮影とか。いっし
ょにスタジオにゆくのも毎度のことだ。
スター稼業も大変だが、あちこち引っぱりだこの憲ちゃんもスタミナがな
ければ続かない。
一仕事すめばほっとする間もなく次のお座敷が待っている。
たまにはお得意さんの家に招かれる。今月はスターの家でクリスマス。愉
快だが、ふと変な気持にもなることがある。
憲ちゃんは『机にむかってペンをとることが大きらいだ』というが、とも
かくこんなに多くのお得意さまにもてるのもめずらしい。
そしてスクリーンに出ないかくれたスター憲ちゃんはバラ色の日日を送っ
ている。
(作品No.NAJ0963-04)
(昭和38年12月25日公開)
年年のエトを彫って十五年、新しい郷土がん具の歴史を刻んで来
た伊勢木彫の名人といわれる中村さん、今日も五十鈴川の流れに身
を浄め、クスノ木を材料に「エト」を彫ります。次々に掘り出され
てゆく辰年に因んだ竜のみごとさ。きれいな箱におさまった「エト
守り」が初詣の人びとの人気を呼ぶことでしょう。
(作品No.NAJ0963-03)
(昭和38年12月25日公開)
「町にゴミ焼場を作らせるな」と地上五十メートルの煙突にのぼっ
た小野田さんに、東京北区志茂町の住民で結成したゴミ焼場設置反
対期成同盟の気勢は一挙にもりあがりました。
住民や息子に激励されて小野田さんは煙突の先に丸太を渡しその上
に食糧や寝袋まで用意して要求貫徹までは断じておりませんと、籠
城のかまえ十分です。
とうとう警視庁の機動部隊が出動。レインジャー部隊も押しかけて
はもはやこれまでと滞空三日間がんばり続けたエントツ男も一人で
そろそろとおりはじめました。どうやら地上におり立ちましたが、
全く足が地につかず、そのまま病院へ運ばれてしまいました。
(作品No.NAJ0963-02)
(昭和38年12月25日公開)
森林軌道しか通わない山形県の古寺部落にはじめて電気がひかれ、暗いラ
ンプの下の生活にお別れしました。
こどもたちのみつめる中で電線をはり終れば、町から式に出席する人を乗
せて、軌道車がやって来ました。ランプの灯も今日を限り、雪の降る中で
点灯式が行われました。
じっと電灯をみつめる人びと、しみじみそのありがたさをかみしめている
ようです。
学校にはテレビも置かれ、こどもたちの夢を育てます。
初めてみる電気機関車、うれしいクリスマスプレゼントです。
今年最後の軌道車が山をおりてゆき、部落は雪のきえる春までまたひっそ
りとした暮しが続きます。
(作品No.NAJ0963-01)
(昭和38年12月25日公開)
冷い風が渡る長良川の河原で元気いっぱい石ころを投げつける盲の子たち。
白い杖をたよりに歩くこの子らの姿をみて赤座先生は八年前、盲児教育に
飛び込んだ。
古ぼけた岐阜市の県立盲学校、赤座先生は小さな指先に全神経を集中し
て点字を追う子に指を添えて教えてやったことも度々だった。粘土細工に
は子供たちは知っている限りのことを指先に托す。乳母車、サーカスの犬、
そして象の形に、真実を追う子どもたちの気持ちはっきり読みとられる。
家庭の貧しさ、或は不意の事故などでこの子たちを閉ざされた世界に落し
込んだのだったが今、先生たちのたゆまぬ努力が実って子どもたちは明る
くすくすくと育っている。
手さぐりでなわとびも、ボール投げも出来た。
クリスマスの日、サンタクロースのおじさんはすばらしいプレゼントをし
てくれた。
だがこの子たちの生きる道はあんましかないと先生たちは心配する。そし
てその仕事も目の見える人の手で荒されていると先生の表情は暗い。
(作品No.NAJ0911-03)
(昭和37年12月27日公開)
ラッシュタイムも一段と活気をおびる師走の大詰。
クリスマス景気を呼びこもうと、商戦たけなわのデパートは、開店と同時
にどっとつめかけるお客さんの波を、ベルトコンベアーよろしく、エスカ
レーターが運び、身動きも出来ません。
場内整理には、テレビカメラも一役。
お子様連れには赤ちゃんルームも用意。
やっとの思いで外に出てみれば、何処もかしこも人の波と騒音のルツボ。
夜になっても絶えない人の波。きよしこの夜も、すっかり人混みで汚され
酔っぱらいも、どうやら無事に納まって漸やくお休みの時間となりました。
(作品No.NAJ0911-02)
(昭和37年12月27日公開)