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東京オリンピックもいよいよ大づめ。体操ではチェコのチャスラフスカが
ラチニナ(ソ連)をおさえて堂々優勝しました。日本のホープ遠藤は完ぺ
きといえる演技で初の個人総合優勝をかちとりました。
ボクシングバンタム級の桜井選手も金メダルの大殊勲をたてました。しか
し柔道の無差別級で神永選手はついに強豪へーシンクにけさ固めで敗れま
した。
大会の花マラソンではエチオピアのアベベがローマ大会についで二度目の
優勝。国立競技場に二位で入って来た円谷はピッタリマークしていたイギ
リスのヒートリーに抜かれたが、堂々三位に入賞。メインスタジアムに初
めて日章旗を掲げました。
バレーボール(女子)の決勝戦。必死にせまるソビエトをついにストレ
ートでくだし、日本チームが優勝しました。うれし涙もはらわずに『魔女』
たちは監督、コーチをつぎつぎに胴上げしました。
閉会式には予想外に多くの選手が参加しました。
『世界は一つ』のよろこびを全身にみなぎらせて世界の若人たちの行進が
続きます。
(作品No.NAJ1007-03)
(昭和39年10月28日公開)
粋なこうもり傘を片手に羽田におりたフランスの柔道愛好家のグループ。
オリンピックを機会に柔道日本のエスプリをたっぷり味わってやろうと泊
りは鎌倉の光明寺に決めました。一夜明けると、あこがれの建長寺にやっ
て来て朝のおつとめを参観。早速畳に座って『禅』ととっくみました。柔
道初段のパリジェンヌも神妙に脚を組んでいます。
さてしびれた足をひきづって空手道場へ。一気にかわらを割る神技にびっ
くり、骨が折れやしないかときもをつぶしました。
すいたおなかにはお待ちかねの天プラ。おはしのさばきがもどかしいが、
日本の味はトレビアンです。
とも角修行にはお座りが第一。大仏さまを見習ってちゃんと開眼す
るまで、いつまでも坐りつづけましょうと修行に励む一行です。
(作品No.NAJ1007-02)
(昭和39年10月28日公開)
東京オリンピックに遠来のお客さんたちをむかえて一億火の車。おばさん
たちも競技場近くで紙くづ拾いをはじめました。移動トイレはいそがしげ
にかけずり廻っています。
浅草の商店街では茶屋をしつらえ、たすき姿もかいがいしい下町娘がいた
れりつくせりのサービスです。
競技場は連日超満員。一生の思い出とコンクリートの間から場内をかい間
みる人もいます。
お客を茶の間のテレビに釘づけにされて、入りはさっぱりとなげくお風呂屋さん。
幼稚園のよい子たちはテレビの競技をみて水泳、陸上のフォームをまねて
大はしやぎ、選ばれた三人の優勝者はメダルを首に飾り、オルガンの君が
代で感激にひたるシーンまであります。
あかあかと聖火の燃える深夜の競技場。
遠くギリシヤから運ばれた聖火。私たちに大きい感銘を与えてオリンピッ
クは今たけなわです。
(作品No.NAJ1006-02)
(昭和39年10月21日公開)
水泳競技の第三日目、女子100メートル自由型決勝で二十七才のフレー
ザー(濠洲)はオリンピック記録五十九秒五のタイムで優勝、オリンピッ
ク三連勝をなし遂げました。
男子100メートル自由型で五十三秒四で優勝したショランダー(米)は四つの金メ
ダルをとる活躍ぶりをみせました。日本期待の田中聡子さんは日本記録の
力泳も及ばず、ついにアメリカの若いエネルギーに屈しました。
華やかな国際色にいろどられた超満員の国立競技場、注目の男子100メ
ートル決勝で、ヘイズ(米)は一〇秒○でゴールインしました。
ルーマニヤのバラシュは1メートル90を一回でクリヤー、『女王』の健在ぶり
を示しました。
一方棒高とび決勝は十八選手で争われ、最後にのこったのはハンセン(米)
とラインハルト(独)。延々九時間を越す大熱戦の末、ハンセンが5メー
トル10をクリヤーして優勝しました。
一方駒沢のレスリング場では日本チームが健闘を続け、バンタム級の上武
フライ級の吉田、外国選手からアニマルとおそれられるフェザー級の渡辺
等、息もつかせぬ速攻で攻めぬき、堂々金メダルをかちとりました。
ローマの惨敗から四年目、グレコも併せて五つの金メダルを獲得したレス
リングチームは不振の日本チームの中で大いに気を吐きました。
(作品No.NAJ1006-01)
(昭和39年10月21日公開)
澄みきった十月の空の下、東京はオリンピック一色に彩られた。横浜港に
は遠く海を渡って来た巨大な外国船が続々入港した。ホテルよりも日本の
家庭を選んだ青い目のお客さんを日本の家庭はあたたかく歓迎した。
銀座の街は青い目、黒い目のお客さまであふれ、店頭の真珠には行列が続
いた。
一方新興国スポーツ大会出場選手に対する東京オリンピック参加資格停止
処分の撤回に折衝して失敗した北朝鮮、インドネシヤは総引揚げを表明し
両選手団はあわただしく帰国した。
金メダルは確実といわれた辛金丹も着いたばかりの日本を後にした。
十月十日、国立競技場は七万五千の大観衆をのみこんだ。ギリシャを先頭
に華やかな入場行進が展開された。遥々カメルーンからのお客さま。コン
ゴチームの二人きりの行進にも歓迎の拍手は高かった。日の丸の小旗をふ
って開催地に敬意を示したキューバ。アメリカ、ソ連の大デレゲーション
は目を見はらせた。そして行進の最後を飾る日本選手団の堂々たる大行進
にはわれるような拍手がわき起った。
坂井君の持つトーチから移された聖火は東京の空にあかあかと燃
え上り、ここにアジヤで初めてのオリンピックが華やかにその幕を開けた。
翌十一日、各競技場は朝から沢山の人波で埋まり、駒沢バレー場では日本
女子バレーチームが早くも無敵の進撃をみせた。
ウェイトリフティングではバンタム級の一ノ関選手が銅メダルを、フェザ
ー級のホープ三宅選手はトータル三九七・五キロの堂々たる世界新記録を
うちたて、金メダルを獲得した。
(作品No.NAJ1005-01)
(昭和39年10月14日公開)
連日遠来のオリンピック選手団を迎えてにぎわう羽田空港。アメリカ選手
の中にはまだ十五才の日系三世の新田さんもいました。
選手村も一段とにぎわしくなって来ました。練習場では二〇〇メートル世
界一のアメリカのヘンリー・カー選手やマラソンのアベベ選手の姿もみえ
ます。水泳場には世界の強豪の顔がうちそろいました。選手村に入ら
ずに宇都宮でトレーニングを始めたソ連陸上選手団はアメリカに負けまい
と一所懸命、走高跳のブルメル選手、砲丸投と円盤投に二つの金メダルを
とろうというタマラ・プレスさんも張り切っています。
この度出来上った武道館での神永、猪熊の乱取りをへーシンクは喰い入る
ようにみつめていました。
こうした中で新興国スポーツ大会問題でもめたインドネシヤチームが来日
し、続いて北朝鮮チームも来日しましたが、辛金丹選手らの出場は認めな
いと国際陸連は断固たる態度をくずしません。
十月一日日本選手団は晴れて結団式にのぞみその決意を新たにしました。
待ちに待った東京オリンピック。燃えさかる聖火のもと世界の若人の祭典
が始まるのです。
(作品No.NAJ1004-04)
(昭和39年10月7日公開)