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慌しい師走の街にクリスマスと新年がやって来ました。
社会鍋が貧しい人達を救おうと呼びかけています。
本当のクリスマスは教会でと聖歌隊は迷える小羊達にPRをはじめました
お寺の坊さんもサンタクロースになって善い子たちを喜ばせました。
山形県白鷹町は昔からのキリスト部落、野良着姿の農夫たちが敬けんな祈
りをささげます。
広島ではかき舟をノアの箱舟にぬりかえて不幸な人達の宿泊所に開放しま
した。こうしてクリスマスがすぎて忙しくなったのがお寺さん。
京都西本願寺では大ぜいの善男善女がすすはらいに大童。大護ま法要も今
がかき入れ時。きれいさっぱりと年越しの準備も出来ました。
神のしもべにも仏の子にも楽しいお正月がやって来たようです。
(作品No.NAJ0806-03)
(昭和35年12月27日公開)
民族自決政策を掲げて十二月九日アルジェリア入りしたドゴール仏大統領
は独立支持派の回教徒現地人のさかんな出迎えを受けました。しかしアル
ジェリアはフランス配下のものだと主張する欧州系の根強い右翼勢力のデ
モ隊はまたまた警官隊と衝突、アルジェの街は不穏な空気に包まれまし
た。催涙弾を発砲して鎮圧しようとする警官隊もデモ隊の反撃に悩まされ
ています。そして十一日ついにドゴールの独立政策を疑うアルジェリア人
と右翼のデモ隊が激突し、双方の死者は一〇〇余名に及びました。
来る一月八日の国民投票を前にして激しく対立する左右の反対勢力は歴史
的ギャンブルといわれるドゴール・プランに暗い陰を投げかけています。
(作品No.NAJ0806-02)
(昭和35年12月27日公開)
一九六〇年の日本の焦点は国会にあった。
一月十六日激しい反対の声から逃がれる様に岸全権団はワシントン
に飛んで極東平和の名のもとに新しい安保条約に調印した。
これによって沖縄は永久基地への道をたどり、北の国境ハボマイの
海に日ソの国交は凍りついた。不気味な核ミサイル潜水艦の姿も見
られる米軍基地は今後十年間日本に居座ることになりました。
東西の緊張緩和に大きな期待を抱かせたパリの首脳会談は、黒いZ
機U‐2のスパイ飛行によってあえなく流産。平和を願う多くの人
々を失望させました。
こうした中で東西の接触点に相つぐ大衆行動が連鎖反応を起し、四
月には韓国民衆のデモは李承晩の独裁政権を崩壊させました。
キューバでは革命を成功させたカストロ政権が反米の旗印をかかげ
アルジェリアも植民地主義と民族主義が対立して流血のデモをくり
かえしています。独立したコンゴは政権争奪と東西の対立がからん
でめまぐるしく動揺、ルムンバ首相はモフツ派に逮捕されました。
こうした世界の情勢の中で日米新安保条約は国民に大きな不安と疑
問を抱かせました。かつてない規模で集められた国民の声に岸首相
は最后まで耳をふさいだのです。
一方、企業合理化とエネルギー革命の岐路に立った三井三池では真
二つに割れた組合が二百八十二日にわたって血を流し合い、そして
第一組合の久保さんがついに暴力の犠牲となったのです。
妥協なき対立が国会の機能をマヒさせた五月十九日、政府与党は警
官隊を国会に導入、ついに安保新条約の採決を強行しました。
折も折、アイク来日の打合せに来日したハガチー氏は羽田でデモ隊
に囲まれて立往生。そしてアイクの来日は学生を先頭とする激しい
反対勢力によって中止されましたが、ここでも女子学生樺美智子さ
んが乱斗の犠牲となりました。
こうして六月十九日安保条約は自然承認となりました。
この間右翼や暴力団は河上丈太郎氏、岸首相を刺し、ついには浅沼
社会党委員長を白昼公衆の前で刺殺。安保体制強化のため多くの犠
牲が数えられました。
岸首相退陣のあとをうけた池田内閣はもっぱら経済成長と低姿勢で
出発しました。
国際連合では新興国家や小国グループの発言力が強くなり、第十五
回国連総会はフルシチョフ、アイクが自ら出席世界の注目をあつめ
ました。
U‐2事件以後受け身に立ったアメリカは大統領選によって若い民
主党のケネディ氏が柔軟な対策をひっさげて登場しました。
こうした世界情勢の中に立つ日本はその外交政策に、経済政策に大
きな問題をかかえて新しい年を迎えようとしています。
(作品No.NAJ0805-01)
(昭和35年12月21日公開)
経済成長を表看板にする第二次池田内閣のかけ声に追われて一日一千億円
の札束が刷り出される歳末景気。その行き先は何んと云ってもボーナス袋
そしてそのデラックス版は六十ヶ月の噂も出る証券業界。こうしてたっぷ
りふくらんだふところを狙うデパートの売り込み合戦は大車輪の消費景気
です。
豪華な毛皮と宝石のファッションショー。
何十万、何百万円と庶民には気の遠くなるような値段にミンクの飼育もす
っかりうけに入っています。華やかな経済成長のかげにはかなく消えてゆ
くミンクの運命です。
このほど厚生省は貧富の格差が激しくなると成長政策に物言いをつけまし
た。
年の瀬に僅かばかりの失業保険を受取る大勢の人々。鉱山の公益質屋には
寒空にふとんや毛布も入質したまま。
そして今日も又暗い朝から一日の糧を求めてニコヨンたちが集って来ます
ぎりぎりに食べるだけにも足らないその収入。これにひきかえ池田首相の
月給は二十五万円と殆んど倍増しました。こうして黄金の六十年は繁栄の
暗い谷間をさらに深くしたようです。
(作品No.NAJ0804-04)
(昭和35年12月14日公開)
福井県美山村の農婦は雪も凍りつく山峡の畑に出てかじかむ指先で名物の
赤かぶら掘りに精を出しています。やせた傾斜地から生み出す嬉しい収穫
です。
三重名物の伊勢大根が大豊作。学校のグランドも道路も、空地も足のふみ
場もないほど村中大根でいっぱいです。
島根県の山奥に砂鉄をとるかんな流しの人達には又つらい季節の到来です
砂鉄をふくむがけを崩して小川に流し、良質の砂鉄を選り出す昔ながらの
営みです。
富山県滑川ではお百姓さん達が総動員で流れ客土の真最中、山の赤土を崩
して遠くひろがる千五百ヘクタールの田んぼに流し込みます。やがて水洩
れのひどかったざる田もすっかり生まれ変り、年およそ八万俵の増収を約
束してくれる事でしょう。
(作品No.NAJ0804-01)
(昭和35年12月14日公開)