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全世界の平和への願いをよそに今年もまた、各地で原水爆の実験が繰り
返されました。
半永久的なアメリカ軍基地となる沖縄では六月から島ぐるみの抵抗
が続き人々の同情を集めました。又十月十三日基地拡張に強く反
対する東京都下砂川町の地元民、支援団体と実力を行使した警官隊
が激しく正面衝突、多くの同胞が血を流し合いました。
全国に拡がった歌声運動の向こうを張って自由民主党は「憲法改正の
歌」を発表しました。この憲法改正にからんだ小選挙区法案、教育
委員会法案は社会党の強い反撃にあい、第二回国会の会期末議場は
大混乱となりました。
六月二日の参議院では松野議長の職権により警官隊が議場内に出動
国会史上に大きな汚点を残しました。このような後で行われた七月八
日の参議院議員選挙では社会党が進出、革新勢力が議席の1/3を確保
辛くも憲法改正は阻止されました。
一方世界の情勢も激しく変動、四月にはソビエトのブルガーニン、
フルシチョフが英国を訪問、又ユーゴのチトー大統領がモスクワを
訪れるなどソビエトの所謂「微笑外交」が話題をまきました。
アジア、アフリカの指導者インドのネ-ルは十二月アイゼンハウワ
ーを訪問、世界情勢について話し合いました。こうして中立国の発言
が目立つ折エジプトのナセルが大きくクローズアップされ、特にス
エズ運河国有化宣言は全世界に大きなショックを与えました。ところが
十月二九日、イスラエル軍はエジプトに対し軍事行動を開始、続い
てイギリス、フランスの空挺部隊が怒涛のようにエジプトになだれ
こみ全世界を緊張させました。国連はこの紛争について緊急総会を
召集、直ちに停戦を決議、国連警察軍がエジプトに進駐しました。
この頃、ポーランド、ハンガリアでは反スターリン運動から民族の
自由化を叫び、ハンガリアの首都ブタペストでは武力を行使したソ
連軍に対し血なまぐさい抵抗が執拗に繰り返されました。
南半球、初のオリンピックがメルボルンで開かれ日本選手も活躍、
平和と友情に結ばれた民族の祭典でした。
今年はまた二年続きの豊作。造船鉄鋼など数量景気に湧き立ち近年にな
い明るさをとり戻しました。
日ソ交渉を数年来唱え続けた鳩山首相は十月十九日モスクワで日ソ
共同宣言に署名、十一年ぶりに日ソ復交の運びとなりました。大役
を果たして引退した鳩山さんの後を受けて十二月十四日自民党総裁の
バトンは石橋湛山氏へ渡り十二月二三日、党内の派閥争いに手間ど
りましたがようやく石橋内閣が発足しました。これより先、日ソ復交か
ら待望の国連加盟が実現、重光外相らの日本代表団は十二月十八日
国連総会に出席しました。
今こそ日本は東西のかけ橋となり、世界の平和のため新しい年一九
五七年めざして進んでゆくことでありましょう。
(作品No.NAJ0594-01)
(昭和31年12月26日公開)
輸出用の巨大なタンカーがずらりと並ぶ広島県因島造船所、スエズ
問題のあおりにうけて船台はフルに動く馬鹿景気です。
製鉄業も働き手がいくらあっても足りないという戦後最高の当たり年
またこの年は二年越しの豊年満作、米所新潟では市がたち正月ものの
仕入れに往き交う人の波がたえません。
ところが北の国札幌では凶作、不漁につけこんだ悪質な人買いが横行、
この程一斉に手入れが行われ、怖ろしい人身売買がようやく明るみに出さ
れました。一方お正月を目の前にした大都会、昨年の四割高という
ボーナス景気のお客さんのふところを吸い上げようとデパートはたい
へんなサービスぶりです。贈答品売場も近年になく大繁昌、おかげ
でデパートは天井知らずの売り上げでうけにいっています。
こうして明暗こもごもの一九五六年は暮れて行きました。
(作品No.NAJ0593-01)
(昭和31年12月19日公開)
スト規制法のかかった参議院、社会労働委員会の難行に業を煮やした自民
党の中村国会対策委員長は、十二月四日夜、会期延長の申し入れを行いまし
たが参議院の事務当局に筋が違いますとやんわりと断わられ、それではと
衆議院議員運営委員会に持ち込んで五日は夜通しのにらみ合いです。
しらじらと六日の朝が明けていよいよ会期はこの日限り。
与党は一気に延長に持ち込もうという作戦で、議長室前の社会党のピケを
突破して益谷議長をかつぎ込み強引に本会議を開きました。してやられた
社会党は参議院では牛歩戦術で最後の抵抗です。
ともあれ、自民党は、やっとスト規制法の中間報告にまでこぎつけ、こうし
てスト規制法と日ソ共同宣言をあげた鳩山内閣もほとんど御用仕舞となりま
した。
(作品No.NAJ0592-03)
(昭和31年12月12日公開)
十二月一日、オリンピックのメイン・イベント陸上競技の最後を飾るマラ
ソンが行われました。参加選手四十八名、折返し四十二キロの難コースに
いどむ、はげしいせり合いであります。
フランスのミムン快調のペースでトップ、わが日本の川島選手もトップグ
ループに入っています。これに少し遅れてチェコの強豪ザドベック。ミ
ムンますます快調にとばしています。わき上がる拍手のうちに堂々たるゴー
ルイン、タイム二時間二十五分。わが川島選手は、ヘルシンキの覇者ザド
ベックをぬいて五位。不振の陸上陣に万丈の気を吐く堂々たる力走でした
同じ日、オリンピックプールでは、200メートルバタフライ決勝が行われました
一位アメリカのヨージック、二位日本の石本選手。明けて十三日目、期待
の200メートル平泳ぎ決勝では、一位古川選手、二位吉村選手と一、二位を占め、
二十年ぶりに君が代をオリンピックプール一杯に響かせたのであります。
続いて1500メートル自由形決勝では、スタートするや予想にたがわず猛然な
デット・ヒートを展開しました。わが山中選手は、アメリカのブリ-ン、
オーストラリヤのローズと三つ巴になって、激しいトップ争いです。わが
山中選手、快調のローズに続いて懸命に力泳。最後の追いこみも僅かに
及ばず、一位ローズ、タイム十七分五十八秒九、二位山中、と堂々たる勝
利をおさめました。
一方、体操競技でも日本選手の活躍はめざましく、第一人者の小野選手を
始め、それぞれ世界最高の技を争い、団体二位、個人優勝等含め合せて、
十七個のメダルを一挙に収めたのであります。
かくしてメルボルン大会は滞りなく終わり、平和と友情にあふれた民族の祭
典は、その幕を静かに閉じたのであります。
(作品No.NAJ0592-01)
(昭和31年12月12日公開)