16 posts tagged “ある生活”
車の凶悪犯罪、ひき逃げ事件は都会の交通地獄の激化とともにますますふ
えている。
東京だけでも、一日平均十四件の暗い記録を綴っている。
人を傷つけ殺し、そして逃げるこの憎むべき犯人を追う警視庁交通一課、
ひき逃げ捜査班の刑事たち。
事件が発生すると現場へ急行する。専門の鑑識課員がいないため捜査員が
現場鑑識の仕事もしなければならない。
どんな小さな証拠でも有力な手がかりとなるのだ。砂つぶ程の塗料片。わ
ずかなタイヤ跡。ガラスの破片など……昼は交通ラッシュの中で。夜は暗
やみの中で……そして現場に残されたわずかな手がかりをもとに目に見え
ない犯人を追う。目撃者を求めて、路上に駐車しているうたがわしい車に
も全神経を集中する。そして都内五千余軒の修理工場をしらみつぶしにあ
たる。捜査会議も何度となく開かれる。明けても暮れても足を棒のように
して歩き廻る。検挙率八〇%、しかし加害者に対する刑は余りにも軽く、
全くのひかれ損だという。
今日もはげしい怒りを胸に刑事たちは歩きつづける。
(作品No.:NAJ0983-04)
(昭和39年5月13日公開)
地をはうスピードとスリル。それは男だけの世界とは限らない。
女性のオートレーサーとして登録されているのは全国で六人。
ハンドルを握ってしまえば男も女も区別がつかない。
彼女らはみんなもう一年あまりのベテランだ。ひと月に七日間のレース。
『度胸一つで左うちわの生活が送れる』という杉山さんは三十四才、ご主
人はいつもハラハラして帰りを待つ。
レースの出番が近づけば、場内のどよめきが異様な熱気を帯びて、彼女た
ちにも伝わって来る。
男の選手とともにハンドルを握る。緊迫したスタートの一瞬。ごう音をた
てて疾走、時速はかるく百キロを越える。
身を切るスピードにのって、一気に追い込む時のスリルがたまらないとい
う。
レースが終って、どっと胸に来る喜び、くやしさ。
月に六万から十万の収入があるという彼女たちは簡単にはやめられぬと
プロ根性に徹している。
(作品No.:NAJ0982-03)
(昭和39年5月6日公開)
大安吉日ともなればどこの結婚式場も超満員となる結婚シーズン。ここに
登場する光明さんは日本でもただ一人といわれる結婚司会業という珍らし
い商売をしている。
式場から式場へ走りまわり新郎新婦の門出を祝う。
仲人がいない花嫁、花婿さんのためには仲人になり、司会者のいない披露
宴ではその雄弁をふるって司会をつとめる。時には仲人と司会者を兼ねる
こともある。お客さんの好みによってはモーニングから紋付に着替
えなければならない。あたふたと衣装室にかけこむ。そして又モーニング
に着替えて落着いた表情で式場へ入る。
花嫁、花婚さんに式の手ほどきから、式場、披露宴の案内まですべて光明
さんがとりもつ。
一日のうちに何回、おめでとうございますというか数え切れない。新郎新
婦の幸福を祝してバンザーイ。つらいけれども楽しい商売だという光明さ
ん。きょうもそしてあしたも高砂やとうたう光明さんである。
女工哀史は昔の物語り、今彼女らは女工さまとあがめられる。5階だての
女子寮はホテルのようだ。エレベーターで昇降、テラスは明るく浴場はま
るで温泉だ。掃除も出来たところで、テレビをどうぞ。電話で
デートのお取りつぎもいたします。
にぎやかなご飯の時。大事な会社の財産に会社の愛情がこもって栄養はた
っぷりだ。
野を越え雪をわけるスカウトが実を結んで、今日もまた新し<企業の戦
士がやって来た。
中卒で1万1500円。今日は月賦の靴屋さんがやって来た。財布のひも
はついゆるむ。
歌って踊って女子寮の夜はふける。
朝。出勤の時刻。昨日と変らぬ仕事場へ急ぐ彼女たち。
一見自由な彼女たちだが『毎日同じ仕事ばかりでいやになってしまう』と
いう声も。
中共の戦犯として19年間、撫順の収容所に抑留されていた3人の日本人
が最後の戦犯として4月7日羽田に帰って来た。
紺の工人服に工人帽の中共スタイルで元気に故国の土をふみしめる斎藤さ
ん、富永さん、城野さん。
両腕にしっかりと抱きかかえる妻、そして大きく成長したわが子。20数年
ぶりの再会に生きて帰った感激にひたった。
元憲兵訓練所々長の斎藤さんは73才、奥さんは福祉事務所に勤めなが
ら一人で留守宅を守って来た。自分が食べなくとも子供たちだけにはとい
う苦しい日々でもあった。そして今、訪れた再会の喜びにつらかった生活
の影もうすれていく。
68才の富永さんは元華北交通参与。すっかり変った東京の姿に驚きの
目をみはっていた。ものすごい交通ラッシュ。街をゆく女性の姿、そして
氾らんする広告。折から東京で開かれている中共見本市で毛沢東の肖像に
墨汁をかけた少年に戦後の日本を感じたという。
生きて年老いた母に逢えるとは思わなかったという城野さんは、元国民政
府の政治顧問、東京から特急列車で大阪のわが家にたどりついた。庭先に
咲く春の花にこれからの新しい人生に思いをはせる。
生きてさえいれば………というこの言葉が現実となった人々。長かった別
離の生活もここに終止符がうたれたのだ。
深夜のTV局、ステージがはねて受付は車の呼び込みでごった返す。
ぶあついコンクリートのTV局はまどろみも浅く、せわしない一日をま
たむかえる。
五時は放送開始。ぴったりと閉ざされた密室の中からアナウンサーの明る
い声が流れてゆく。昨夜の名残りをとどめる乱雑な部屋の中では時計が秒
を刻んでいる。
ステージではもうライトの点検が始まった。九時過ぎ、一般の社員が一せ
いにやって来る。いよいよ局の機能が動き出す。彼等はすべて大きな組織
の歯車となって目にみえぬ電波の影と取っ組んでいる。
ロビーはスターで一ぱいだ。『茶の間』のスターたちもブラウン管の裏側
では一つの機能に過ぎないのだ。
もうここは東京名所の一つだ。今日も見学者がぞろぞろやって来た。
TVドラマの主人公はまさにディレクターその人だ。
画面を前に全神経を張りつめる。NGのくり返し。ここは最大の妥協家
で最高の強情っ張りでなければつとまらない仕事だ。
時のゆるす限り検討する。
東京ではまた一つのチャンネルが生まれ、その中で彼等はひしめき合うの
だ。
既に九百勝を越す騎手生活三十年の保田騎手は馬と共に生きてきた。
東の空がかすかに白むころ競馬場の朝が始まる。午前四時半、朝の調
教訓練が始まるのだ。そして息つくひまもなく次々と馬を変え、多
い日には十頭もの馬にのるという。調教がすむと減量の汗取り風呂
の苦行である。こうして激しい調教と苦しみに耐えて迎える日本ダ
ービー。
すべての騎手はこのダービーの優勝に生涯の夢をかけているのだ。
五月二十九日八万のファンがつめかけた日本ダービー。保田騎手は
明け四才のサラブレッド、バンザイ号に騎乗した。
三十二頭が一団となって激しいレースが展開される。必死に逃げこ
むコレヒサ。その外側からフェアウィンがぐんぐん出た。バンザイ
号も必死に追いこんだ。しかしバンザイ号は苦手の重馬場に足をと
られて惜しくも六着。
人馬一体のレースも終った。四十二才とは思えない騎乗ぶりを見せ
る保田騎手。体のつづく限りむちをふりつづけるという保田さんは
前人未踏の記録をめざして勝星をあげてゆくのだ。
(作品No.:NAJ0881-03)
(昭和37年5月30日公開)
日本ブームにのって今年はもう七万人以上の外国観光客がやって来
た。こうした旅行者に日本を紹介する観光通訳の一人国谷さんは経
験十二年のベテランだ。
お客さんを迎える日、まず颯爽と身だしなみを整える。今日は滞在
費お一人四千ドルというデラックスな老婦人の観光団の到着だ。
ホテルに案内した後、山のような荷物を整理して早速明日からの忙
しいガイドの下準備を始める。目下東大の美術史研究室で博士コー
スを進む国谷さんは古い京都では日頃のうん蓄を傾ける。
彼が考案したガイド紙芝居も大いに役立つ。一人一人がだんだんと
日本を理解してくれるのがたまらなく嬉しいという。
骨董屋では買物のアドバイス。しかしマダムたちがお気に召す天
ぷらの会食では全く骨がおれる。その上苦心した旅行のスケジュー
ルに文句をいわれる事もある気苦労な仕事だ。
彼のシーズン中の月収は十万とか。一ヶ月の旅のあと我が家に帰っ
て奥さんと二人の子供たちの笑顔をみると体の疲れは一挙に吹き飛ん
でしまう。
学者としての限りない夢。ビジネスとしての観光通訳。この二つの
道を堂々と泳ぎきる国谷さんは本当の意味で現代っ子といえるのか
も知れない。
(作品No.:NAJ0880-04)
(昭和37年5月23日公開)
札束が乱れとぶ競馬、競輪場。家族連れでのんびりと楽しむ動物園や遊園
地。こうした人々の群がる所に必ず現われてチャンスを狙うスリ。そして
このスリに目を光らせるのがスリ係刑事である。
刑事生活二十二年というベテランの曽根刑事は警視庁捜査第三課のスリ係
刑事さんである。
今日も同僚刑事と細い朝の打合せを済ませて街に散って行く。
長い経験と鋭いカン。そして足をフルに使って獲物を追う苦労の多い仕事
である。
このスリ犯だけは他の犯罪と違って現行犯でなければ逮捕出来ない。
辛抱づよく挙動のあやしい者を追って行くのが逮捕への第一歩である。
目星をつけたスリを一日中執ように追って徒労に終ることもある。毎日毎
日がスリとの根くらべである。
検挙件数二千件。昼となく夜となくスリを追って来た曽根巡査部長も近く
主任となって現場を離れることになった。
しかし私には現場が一番いいという曽根さんである。
(作品No.:NAJ0879-04)
(昭和37年5月16日公開)