特集血ぬられた安保条約 (昭和35年 朝日ニュースNo.779)
六月十五日、この日もアイク歓迎準備に追われる国会を安保新条約に反対
する人々がひしひしと押し包んでいた。そこへ右翼の一団がなぐり込みを
かけ、多数の負傷者を出した。これに憤激した学生たちは国会南通用門に
迫り、門をこじ開け警官隊と激しく衝突した。
デモ隊からレンガが飛び、警官隊の放水戦法は険悪な事態に更に拍車をか
けた。再三国会構内に突入する学生たちに警官隊は警棒をふるって襲いか
かり、血みどろの乱闘は双方に四百余人の負傷者を数えた。この乱闘でデ
モ隊の中にいた女子学生、樺美智子さんは痛ましい死体となって収容され
た。この事件でデモ隊の怒りは頂点に達し、警官隊のトラックは次々に焼
き払われ、安保新条約反対の叫声は夜空にこだましました。
催涙ガスの漂う中に嵐の一夜が明けた十六日早暁、岸首相はあわただしく
臨時閣議を召集、治安の責任を持てないことを明らかにして、遂にアイク
の来日は中止された。
道行くデモ隊はこのしらせに歓呼した。
十七日、暴力追放を唱える岸内閣のもとで社会党の河上丈太郎氏は暴漢に
背を刺され、重傷を負った。この夜社会党の浅沼委員長は岸首相の即時退
陣を強く迫った。
全国の大学は事実上のゼネストに入り、東大の茅学長は一刻も早く民主政
治の本来のあり方に立ち直る様にと政府の反省を求めた。
安保自然成立の最後の日六月十八日、第十八次統一行動は全国から三十万
に近い人々を国会に集中した。樺美智子さんの両親はわが子のたおれた場所
に花束をささげた。
空前のデモ隊は潮のように整然と国会に進んだ。
参議院では安保採決を阻止した社会党が気勢をあげた。
首相官邸はおびただしい警官隊に守られ、デモの波は夜に入って刻々と数
を増した。岸首相は側近と共に官邸に籠城。
息づまる緊張のうちに十九日午前〇時、安保新条約は自然成立した。
坐りこみを続けた数万のデモ隊のざわめきは「岸を倒せ」の叫び声となり
国会をゆるがした。
この日アイゼンハウワー大統領は沖縄を訪問、祖国復帰を叫ぶデモ隊に迎
えられた。更に韓国に飛んだアイクはこの親善旅行から極東政策のため多
くの経験を味った。安保反対の声に耳をふさぎ続けた岸首相は内外に大き
な政治的混乱をもたらした。
こうして多くの犠牲の上に批准を待って効力が発生する安保新条約に今後
十一年間の日本の運命が托されたのだ。
うら若い犠牲者は再び還らないとしても、ひん死の議会政治をよみがえら
せることが日本の大きな課題ではないだろうか。
(作品No.:NAJ0779-01)
(昭和35年6月22日公開)